その日は真夏並みの暑さになる予報だった。
俺がいつものように駅前をうろうろしていると
ふと“彼女”が目についた。

このくそ暑い日に、長袖のパーカーとタイツ。
全身真っ黒なコーディネート。
遊び心がない眼鏡。
ゆるさのないローポニーテール。
猫背で、歩き方はどこかぎこちない。

俺がいつも付き合ったりする女の子とは正反対というか、
正直今まで可能性すら考えなかったタイプの子だ。

なのになんでこんな圧倒的な存在感を放ち、
俺の目を惹きつけて放さないのか。

彼女の体の動きとは意思を違えて、
好き勝手に揺れ動く

「かたまり」がその大きな原因だった。


（うわ～、すっご……）


胸元を凝視している俺の横を、さっさと彼女が通過する。
俺はもともとの進路に向き直って歩き出そうとしたが

足が動かなかった。

……彼女の猫背は、少しでも胸を目立たなくさせるため。
真っ黒の露出のない服装も、地味な見た目も、きっとそう。
普通の人として目立たずに生きるために身についた防衛術…

…なんじゃないのか。

そういう俺も“普通の人”でいるために、
人生の全力を注いできた。

俺は生まれ持った容姿のせいでいつも
“怖いヤツ”だと思われてしまう。
普通に生きて歩いているだけで
全く知らない人からイチャモンをつけられた。

だから俺は、ファッションにも気を配って、
きちんとバイトを頑張って、全力で勉強をこなして、
明るい友達とつるんで、
相手を傷つけないように恋愛して、

とにかく普通になるために擬態してきた。


でも、こんな暑さの日は、少しくらい。

馬鹿になってなにかやってみてもいいんじゃないか。



「ちょ、ちょっとお姉さん。今お時間ありますか！」


これが、俺と妻との出会いだった。
















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【ひらり視点】

その日はまだ５月というのに、
昼にはとんでもない暑さになっていた。

目的の本屋を出て駅に向かいながら
私は完ッ全に服を間違えたことを思い知った。

かなり薄着にはしたつもりだったけど、
長袖の黒のパーカー、厚めの黒のスカートに、黒タイツ。

予算を大きく上回って買ってしまった本たちが
私の滝のような汗によってリュックの中で蒸されていくのがわかる。

こんなのは明らかな間違いだ。一目瞭然だ。
周りを見渡してもこんな格好をしているのは私１人きり。

向こうから歩いてくる陽キャっぽい男の人も、驚いた顔して凝視してきた。

最悪だ。

こんなおしゃれな街の本屋なんか来るんじゃなかった…。
もともとそんないい私服も持ってないけれど、
さすがに今日のはその組み合わせの中でも最悪オブ最悪でしかない。

おしゃれな街こわい。
ファッションセンスほしい。
どこで買えますか。１億円出すわ。

もうあとは帰るだけだし、できるだけ体をちいさくして
目立たないようにして帰ろう…
こんなオタクがおしゃれな街中に
でしゃばってすいませんした…
誰もこんな私に気が付きませんように…。


そうやってひっそり歩いていたら、後ろから声がした。


「ちょ、ちょっとお姉さん。今お時間ありますか！」


さっきの凝視してきた陽キャ。これが、私と夫の出会いだった。








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●収録分数：約28分



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